本邦では、期末・年度末です。
皆さん、おつかれさまでした。
明日から新たに、進学・異動・転職等が控えている方もいらっしゃるでしょう。
私自身は何も変わらず令和4年度を迎える訳ですが、誰もねぎらってくれませんので、お花見無しのセルフ慰労会を開催しましたwww
春咲小紅
(1981年)
矢野顕子
オヤジK
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佐賀市立城北中学校の1979年卒業生同窓会ホームページです。
時の流れはあっという間です。
あの奇跡の集いから既に2年の時が経ちました。
この間、良くも悪くも多くの人がパンデミックの影響を受けたと思います。
個人的には公私ともに人間関係が大きく変化しました。
対面で会う機会がなかった(激減した)にもかかわらず、更なる信頼関係を築けた人がいる反面、疎遠になってしまった人、関係を断つことになった人もいます。
出会いがあれば別れがあります。
とても大切なひとでも、どんなに手放したくない人でも、いずれ必ず別れなければならない時がやってきます。
不変の真理なのですが、人は得てして今ある日常がずっと続くものとおもいこんでいたりします。
出会ったこと・過ごした時間に感謝し、いざその時が来ても狼狽することがないよう心掛けたいものです。
映画【グッモーエビアン】の中で、『甲本ヒロト』を彷彿させる熱唱を披露した『大泉洋』のロックヴァージョン
今日の日はさようなら
大泉洋
オリジナルをしっとり聴きたい方はこちらをどうぞ
今日の日はさようなら
(1967年)
森山良子
オヤジK
(昨年10月13日の記事です)
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人の心はもろくて、こわれやすくて、うつろいやすい。
これって厳然たる事実なんだけど、みんな幻想を抱いてしまうんだな。
傷心
(1978年)
当時19歳の大学生だった彼女自身が作った曲ですが、ハスキーボイスの絶唱は、あの【あんたのバラード】に匹敵するほどの衝撃でした。
3か月ほど前、『葛城ユキ』さんがステージ4のガンを告白しました。
【佐賀バルーンフェスタ】や、木原慶吾さん率いるスピリッツとのライブで佐賀にはゆかりのあるひとですし、なんと云っても“ボヘミアン”のヒットで有名です。
一日も早い回復を願ってやみません。
その“ボヘミアン”は『チャゲ&飛鳥』のカヴァーも有名ですが、オリジナルは『大友裕子』さんです。
ボヘミアン
(1982年)
作詞:飛鳥涼
作曲:井上大輔
オヤジK
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元来凝り性なので、昔は本格的にハンバーグを作ったりしていましたが、今では・・・
成形して焼くだけ
普段はこんな盛り付けなどしませんが、記事用にちょっと気取ってワンプレートで仕上げてみました(汗)
その割には映えません・・・
佐賀入りした時必ず『とくとくセット(ジャポネソース付き)』を買って帰ります。
感染拡大やなんちゃら宣言やの為、長らく県境をこえていませんでしたが、先日久しぶりに佐賀入りしましたので購入して帰ってきました。
こちらもお勧め。
愛情溢れる手料理には叶いませんが、たまにはいいんじゃないですか?
オヤジK
(おまけ)
私はなんとも微妙な34歳でした。
この診断結果をどうみるかですが、還暦を前にしたジジイなのに味覚が成熟していないということなんですかね。
みなさんはどうですか?
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皆さんご承知の通り、1976年(昭和51年)2月に若楠国体開催に併せ、旧佐賀駅から現在の佐賀駅に移転しました(当時は国鉄)
ちょうど僕らが中学へ入学した年になります。
当初は高架式の駅舎に驚き都会になったなぁ等と思っていましたが、後に開業した福岡市営地下鉄〈姪浜駅〉とほぼ変わらぬ姿にすっかり肩を落としたことが思い起こされます^^
そして、佐賀駅周辺整備計画や2024年開催予定の国民スポーツ大会を控え、佐賀駅北口広場が再整備され先日運用が開始されました。
出典:読売新聞オンライン
ふと思ったのは、JR博多駅博多口の縮小ヴァージョンだなと。
同じJR九州管轄なので設計予算をケチったのでしょうか?www
6月からは、南口も整備されるそうです。
映画【悪人】のロケ地にもなった南口ですが、どうかわるのでしょうね?
私鉄沿線
(1975年)
野口五郎
オヤジK
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巷では『スパイスカレー』なるものが人気で、ここ福岡でも人気店はいつも行列です。
行列嫌いな私は、未だに食したことがないのですが、どうなんでしょうね?
スパイシーといえば、【ロイヤルホスト】の『カシミールカレー』が大好きでちょくちょく食べてました(ここ数年はご無沙汰していますが)
画像は公式ページより
以前は、カレーフェアー期間中のみの提供でしたが、最近はグランドメニューとしていつでも食べられるようです。
ふと思い出し無性に食べたくなったのですが、外食を自粛しているので、こんなものを買ってみました。
【STRONG HOT】【極辛】の表記にやや戸惑いがあったものの、具材を多めにして作ってみました
映えない写真ですみません
ひと口頬張っただけで『あぁぁぁ~』、口の中が炎上しゴジラの如く口から火を噴きそうになりました。
さすがにこれは無理かも?と思いつつも、何故かスプーンの動きは止まらず、大量の氷水とご飯大盛りで完食。
次回、玉ねぎペーストを追加して再度トライしてみようと思います^^
“Burn”
邦題:紫の炎
(1974年)
Deep Purple
そういえばこの曲は、こんなCMでカヴァーされていましたね
あの頃、中央大通りにできた【ロイヤルホスト】をみて、すっげぇ高級レストランだぁ~と驚いたのはわたしだけ?^^
オヤジK
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リアル『バラ色の人生』を夢見てましたが・・・
エディット・ピアフ
(1946年)
吉川晃司
(1984年)
そして、佐世保玉屋の【ラ・ヴィ・アン・ローズ】で販売されている通称『玉屋サンド』
甘めのマヨがくせになる、ウマウマなサンドウィッチです。
たまに百貨店の催事でお見掛けしたことがありましたが、福岡市にもお店がありました。
ごちそうさまでした
50年ほど前、佐賀玉屋のレストランでお子様ランチを食べる事を夢見ていたけど、叶わなかったオヤジK
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巷で話題の『まん延防止等重点措置』ですが、『まんぼう』と略すのはホントやめて欲しいです。
どうしてもこれを連想してしまい、食べたくなって仕方ありません。
おはようございます。
№333の更新です。
ゾロ目です。
ラッキーナンバーです。
ですが
これといった記事ネタがありません^^
“Scatman”
(1995年)
Scatman John
今日も元気にいってらっしゃーい!!
オヤジK
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「ひとそれぞれ」
私はいろんな意見があって当然というスタンスです。
ですから、国民一丸となって盛り上げようという機運を、無理やり醸成しようとする一部の方々の言動には賛同しかねます。
平成世代をはじめとしたお若い方々にも「ひとそれぞれ」というセリフは人気があるそうですが、その本音は「我関せず」にあるようで。
何事にもバランスが求められると思うのですが、いやはやなんとも。
「50過ぎれば皆同級生」
少しばかり年上の先輩がよく口にしています。
人生100年時代等といわれていますが、それが幻想にすぎない現実があちこちで。
同じ柔道メダリスト斉藤仁さんも6年前54歳でこの世を去っていますが、同郷・同世代でもある著名人の訃報に言葉もありません。
古賀稔彦さん(享年53)
謹んでご冥福をお祈りします。
悲しくてやりきれない
(1968年)
ザ・フォーク・クルセイダーズ
オヤジK
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冷蔵・冷凍技術の進歩や物流網の発達により、今や全国のご当地銘菓を気軽に手に入れる事が出来ます。
あの当時、身近にあったローカルなお菓子と言えば、丸房露・白玉饅頭・小城羊羹・かす巻きで、菓子パンで言えば、銀チョコ・マンハッタン等です。
そして、昨夜のデザートは久留米生まれでひとつ先輩のこの方でした。
あいすまんじゅう
(1962年発売開始)
丸永製菓
因みに【ブラックモンブラン(竹下製菓)】は1969年発売です。
今スウィーツと一緒に飲むのはコーヒー系飲料がほとんどですが、当時はやっぱりコークだったのかな?
YES MY LOVE-愛はいつも
(1982年)
矢沢永吉
オヤジK
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