徒然なるままに №467 国語力

 

新聞を読まない、読書をしない人が多くなったと言われていますが、LINE・インスタ・ツイッター・フェイスブック等の普及もあって、昨今長文を苦手とする人が増えたそうな。

 

 

新聞に関してはクオリティの低下が影響していると思われるのですが、長文を読み込む事を苦手とする人は多いでしょう。

 

 

私自身は、読む事も仕事のひとつとしている関係で、長文にさほど抵抗はありません。(あくまで内容が伴っていればの条件は付きます)

 

 

確かにYouTubeやインスタに動画付きで事足りるご時世ですから、文章などさほど重要ではなくなったのかもしれません。

 

 

読み書きというのは、人類の最たる特徴でもあるわけで、これがないがしろになりつつあるというのは、なんとももったいないと思う今日この頃です。

 

 

そんなわけで、こんなクイズに挑戦してみました。

 

 

好きな漢字で国語偏差値を当てる!

 

 

因みに私はこんな感じでした・・・

 

偏差値18
国語が絶望的に苦手ですね?テスト大丈夫ですか?

 

 

 

トホホな結果ですが、皆さんも是非やってみて!
(因みに偏差値の根拠は???ですww)

 

 

揺れるまなざし
(1976年)
小椋佳

 

 

国語偏差値はかなり高いであろう『小椋佳』さん。

 

 

この曲は、1976年秋の資生堂CMソングでした。

 

 

因みに『真行寺君枝』さんは、このCMが芸能界デビューだったようです。

 

オヤジK

 

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徒然なるままに №360 違和感

 

『人流』って言葉は、どこから湧き出てきたんですか?(中国語ですか?)

 

「スピード感をもって」とよく耳にしますが、「スピード感」ってなんですか?「迅速に」と言えない理由は何ですか?

 

身内の不祥事等を対外的に謝罪する場合、「誠に遺憾です」っておかしくないですか?

 

「勇気と感動を与える事が出来る」等とおっしゃっている人がいますが、それって余りに傲慢すぎませんか?

 

それなりの立場有る方々が公の場で発言されるときは、もう少し考えていただきたいものです。

 

こんなことばかりつぶやいていると、「いいんじゃね」「よくなくね」「うっせぇわ」と煙たがれそうです(汗)

 

 

愛しき日々
(1986年)
小椋佳

 

べーやん(堀内孝雄)の代表曲ですが、作詞は小椋佳さんです。

 

オヤジK

 

(メモ)

国内感染状況

 

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徒然なるままに №296 〇〇世代

 

東大安田講堂事件の記憶はありませんが、浅間山荘事件の鉄球や放水は、はっきり覚えています。

 

10歳になるまで住んでいた家の前には、佐賀大学農学部の水田やヤギ小屋、そしてグラウンドがありましたし、小学校へは大学の構内を縦断して通学していました。

 

その為、下火になりかけていた学生運動のデモ隊やゲバ字のプラカード・立て看板の記憶が微かに残っています。

 

小椋さんは【全共闘世代】ですが、この曲には当時盛んだった学生運動が背景にあるという事を後に知りました。

 

当然お子ちゃまだった私は、そんな事等全く理解することなく口ずさんでましたね。

 

因みに僕等は、【しらけ世代】にカテゴライズされていたんだっけ?

 

 

さらば青春
(1971年)
小椋佳

 

NHK みんなのうた 田中健ヴァージョン(1975年)

 

オヤジK

 

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徒然なるままに №245 言葉

 

日本漢字能力検定協会が選んだ今年の漢字は『密』でした。

 

候補の筆頭?にあった『禍』はあまり見たくないという心理が働いたのかもしれません。

 

まぁ無難な選択だった気もしますが、ここ日本に限らず世界中のだれもが未知のウィルスに翻弄されたことが厳然たる事実である事を踏まえれば、ちょっと違うかな?という気がしないでもありません。

 

それはさておき、私的には『軽』だと思っています。

 

真摯 誠実 道義 責任 痛感 丁寧 万全 自粛 要請 etc

 

言葉がこれほどまでに軽んじられた1年はなかったように思うわけです。

 

もっと言えば、この1年に限らず、ここ数年ずっとなんですが。

 

彼の『村上春樹』氏は「言葉が貧しくなった」と表現されています。

 

言ったもの勝ち・声が大きければ正当化される・社会的地位を盾に正当性を主張する・吐いた唾を平気で飲み込む・批判に別の批判で応える

 

もうなんでもありだったような気がします。

 

しかも、言葉の解釈を巡ってあちこちで齟齬(そご)が生じましたし、恣意的(しいてき)に解釈を捻じ曲げられた事も多々ありました。

 

「何をもって虚偽答弁というかは、必ずしも固定した定義が国会の中であるとは承知していない。使われる文脈によって判断される」

 

つい先日行われた、東大出の某官房長官の記者会見での発言です。

 

此処だけ切り取れば、確かにそうかもしれませんが、この発言がなされた状況を鑑みれば、まさに見苦しい呆れた言い訳・詭弁に過ぎません。

 

そういえば、前任の官房長官さまはこんな事をおっしゃっていました。

 

「反社会的勢力の定義は一義的に定まっていない」

 

お子ちゃまならともかく、社会的に重大な責任を負っている方々の無責任な言葉遊びにどれだけ振り回された事でしょう。

 

言葉の持つ意味等、時の流れとともに変わりゆくのも致し方ない部分もありますが、英語教育の重要性を説く前に正しい日本語を習得すべきと思うとともに、日本語の持つ独特の美しさを汚すような言動は厳に謹んでいただきたいと願うばかりです。

 

愛燦燦
(1986年)
小椋佳

 

オヤジK

 

 

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ちょっとブレイク vol.155 俺たちの旅

また会う約束などすることもなく

それじゃまたなと別れるときの

おまえがいい

【俺たちの旅(1975年)】【ただお前がいい(1975年)】

 

涙腺が決壊してしまった
オヤジはいる?

 


《おまけ》

どちらも【小椋佳】さんの作詞・作曲です

小椋さんについては小椋佳倶楽部がよくまとめてあります。

よろしければ

 

パシリK

 

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