とっくにクラスター対策の限界が露呈していたのもあるのですが、【濃厚接触者】を調べる【積極的疫学調査】を縮小・中止しておいて、感染者数減少をアピールするのはどうしたものでしょう。
近日中にオリンピック開催可否判断をせさざるを得ない状況下において、こういった作為的と疑わしき行動にはまたかと感じずにはいられません。
事実としてマンパワーが原因で路線変更を強いられるのであれば、これまで推進してきた方針を大きく方向転換する必要があると思うのですが、そこにはふれられていません。
国権の最高機関である国会において繰り返し虚偽答弁を述べられていた前首相が、昨年「日本モデルのおかげでほぼ終息できた」と声高に自慢しておられましたが、これもまた誤りであったわけです。
日本モデルとはクラスター対策に注力し、広くPCR検査を行う事を抑制するという厚労省の考えに沿ったものですが、今の感染爆発を無症状感染者から広がったと考えるのが妥当でしょう。
最初の緊急事態宣言を解除してから半年以上もの時間があったにも関わらず、コロナ専門病院を臨時に用意すること、受け入れ病院を拡充させるための施策も隔離用の施設の準備もろくに出来ていなかったことは完全な失政、失策とおもうわけです。
にも関わらず、特措法改正で罰則強化とな。
これによりますます行き場を失い苦しむのは私をはじめとする庶民であり事業者であるわけです。
【IOC】にすれば無観客だろうが規模を縮小しようが開催さえすれば、莫大な放映権料が入るわけで、日本がどうなろうと知ったこっちゃないわけですし、そりゃぁ「我慢してくれ」と言うでしょう。
本邦にしても『汐留広告』はじめ、ぶっこんだ費用回収に血眼になっているわけですし、「コロナがどうであれ必ずやり抜く」なんて発言が飛び出てくるわけで。
そもそも誘致するにあたってコンパクト五輪を謳っていたのがいつのまにか予算は10倍にまで膨れ上がっているわけですし、やれ復興だの打ち勝った証だのとハリボテの意義を強調されてもねぇ。
開催が危ぶまれている東京オリンピックには、私の極々近しい人間数人が直接関わっています。
日々、己の限界を超えて挑戦し続けるアスリートや彼らを支える現場の人達に罪はありません。
声を上げずとも、直接励ますことがなくとも、応援したいと思っています。
ですが、それはあくまで個人の問題であり、人様から強制されるべきものではありません。
これだけ多様化が叫ばれている中、国民一丸となって盛り上げようなんてのはばかげていると思うわけです。
あのロサンゼルスオリンピック以降、完全に『商業主義』へと変貌してしまったオリンピックの負の部分から目を背けつづけるのはいい加減やめて欲しいと思うのです。
こんな事を書くと、きっと異を唱える方や不快な思いをされる方がいるでしょう。
そういう方々の意見を頭ごなしに否定するつもりはありません。
ですが、それだけ皆がいろんな意見・考え方をもっているわけですから、あの忌まわしい戦時中のような国を挙げて・国民一丸となって等とは言ってほしくないのであります。
真実を語ると煙たがれる
辛く苦しい真実より、聞こえの良い嘘が安心する。
キャッチーでスマートな言葉でオブラートに包まれていれば心地いい。
僕等は、もともと全体主義なるものをこれが民主主義と教えられ強要されてきたわけですが、そんな見せかけだけの今の世は、僕らが怒らず諦めて無関心が生んだ結果ではないのでしょうか。
オリンピックやGO TO事業、国旗にマイナンバー、彼らはいったいどこを向いて仕事をしているのでしょう?
まぁ、国民主権や基本的人権をないがしろにしようとしている輩を多数抱える政権与党ですから、言わずもがなですが。
政治の場における道徳的廃退が次々に明るみになる中、前政権のスローガン『美しい国へ』『日本を取り戻す』そして、現政権のスローガン『国民のために働く』の裏には何が隠されているのでしょう?
太陽がくれた季節
(1972年)
青い三角定規
接触確認アプリ【COCOA】が昨年秋以降、機能していなかったとな。ほとんど普及していなかったとはいえ、もうねぇ。
キレてるわけではありません。政治も感染症も門外漢のド素人オヤジの愚痴でした。ハイ
オヤジK
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